【2005年8月24日(水曜日)大阪に帰着】
神田のネットカフェで朝まで時間をつぶし、04:30にはそこを出て神田から1駅の東京駅に移動しました。
今日は学生以来10年ぶりの青春18きっぷでの東海道移動です(笑)。
05:20 東京発静岡行きの普通列車に乗りました。
この列車は特急車両を使用しているので、チョー快適(笑)。静岡までの3時間はとても楽チンでした。
で静岡→豊橋、豊橋→大垣、大垣→米原、米原→大阪、と乗り換えて14:45に大阪駅に着きました。
普通列車とはいえ、冷房完備でなかなか快適な旅でした。
とりあえず梅田(大阪駅)のヨドバシカメラと紀伊国屋書店とネットカフェでしばらく時間をつぶし、ぷらぷら堺の実家に帰ります。
【2005年8月23日(火曜日)パキスタンビザ取得】
とまぁ、ちょっと寝苦しかったですが午前4時過ぎに上越発のバスは池袋に到着。新宿まで移動し、おなじみのインターネットカフェで時間をつぶし(笑)、朝10時にパキスタン大使館へ。
今回は約4ヶ月の旅行でパキスタンに3度出入国する予定なのでマルチビザで取れるかどうかがカギでしたが・・・・・。
結果は×。少し交渉してみましたが、90日のシングルビザしか取れませんでした。
ていうことで、9月にパキスタン訪問後、インドに出国し、インド・ネパールあたりでビザを再取得しなければならなくなりました。ちょっとスケジュールは見直さないとね、と・・・・。
10時に申請、午後4時半に取得ということでその合間は同じ地下鉄広尾駅が最寄になる広尾訓練所(協力隊)に立ち寄らせていただいていました。
すると今は17年度2次隊の方の技術補完研修の真っ最中で、村落開発普及員・看護師・理数科教師などなどの候補生の方々が多数集まっていらっしゃいました。
とってもフレッシュな雰囲気がいいですね。
で、そこに同期の村落隊員だったり~なさんがOVとしてお手伝いにいらっしゃっていたのでびっくりするやらうれしいやらでした。
で、夜はしばらくの間、村落の方々の飲み会に参加させていただく始末で(笑)。
たいへん屈託ない楽しい雰囲気を堪能させていただきました。どうもありがとうございました。
そして途中で中座して今度は東京・八重洲に移動し、盟友(!)のダディとしばし飲んでいました。こうやってしみじみ飲む席もいいもんですねぇ。
大阪出発以来3週間のご挨拶行脚(笑)もいよいよオーラス。明日は大阪に帰ることとなります。はい18きっぷの鈍行列車の旅ですが(笑)。
【2005年8月22日(月曜日)】
船は予定きっかりの午前5時半に新潟港に着きました。
そして出迎えにきていただいていたKyosenさんの車で市内のロイヤルホストで朝食をいただきながらまったりと時間を過ごしました。
Kyosenさんとはパキスタンでお会いしていますのでこれで2度目の再会となります。大変お元気でいろいろなことにチャレンジしている由。
その後、美味しいジェラートもいただいたあと、やっぱり米どころ新潟の「コメ」を食わねば!(笑)と「五頭の山茂登(ごづのやまもと)」というお店で釜飯をいただきました。
いや~さっすがコシヒカリ!美味しかったです。
そして朝早くからアテンドしていただいたKyosenさんにお礼をいいつつ駅で降ろしていただき、JRで直江津まで移動しました。
こちらにはパキスタンOVのヌールカーンご夫妻が住んでいらっしゃって、お招きを受けたといいますかこちらから押しかけたのでした(笑)。
ヌールカーンさんが学んでいらっしゃる大学や上杉謙信ゆかりの場所を案内していただき、夜は心のこもった手料理を大いに味あわせていただきました。
そして、泊まれないスケジュールを恨みつつ(笑)、ご夫妻に送っていただいて高速バス乗り場へ。
ここから東京・池袋までの高速バスに乗り、またまた東京に舞い戻ることとなります。
え、どうしてかって?
それはパキスタンビザを取るためです。前回はお盆休みでとれませんでしたからね。
さぁ目的どおり1日でとれるかな?
【2005年8月21日(日曜日)小樽から新潟へ】
ずいぶんと早起きして午前9時前には小樽のフェリーターミナルへ。
お盆期間最終日とあって多くの帰省客でごったがえす新潟行きのフェリーで午前10時半、北海道を後にしました。
以前、小樽→舞鶴間を利用した際、船酔いに苦しんだ過去があるのでどんなものかいぶかしんでいたフェリーですが、どうしてどうして!低気圧の中の航海でしたが大きな揺れもなく大変快適な船旅でした。
設備の新造船だからかきれいで、お風呂や快適な空調に大満足です。
小樽=新潟くらいの距離ならぜひフェリーでの移動もオススメしたいところです。
(新日本海フェリー利用:2等寝台7500円:10:30出航翌朝05:30着)
【2005年8月20日(土曜日)夕張へ・・・】
朝からレンタカーを借りて夕張に行ってきました。
夕張は私が1995年初任の先生として赴任した地です。
それから10年、やっと協力隊というひとつの目標を果たし終えて訪れるその地は静かに静かに過疎への刻みを打ちながら時が流れていました。
思いがけぬ火事で急逝したかつての教え子の家やお世話になったもと校務補さん宅など、懐かしい家を訪れることができたのは実に幸せなことでした。
そして札幌にとってかえし、駒大苫小牧の高校野球連覇に沸き返る(笑)札幌駅で同期の協力隊員さんたちと待ち合わせをし、しばらくのあいだお茶をしながら四方山話に花を咲かせました。
そして、夜は岩見沢へ。
夕張時代お世話になった先生ご夫妻の家に泊まらせていただきました。
10年前、初任1年目、2年目の若い教師集団で学校を牛耳り(笑)、ずいぶんと楽しい想い出を作らせていただいた間柄です。
いまは立派な家を建てられ、お2人のお子さんの子育てに奮闘されているところですが、その姿をみて私もこの大好きな北海道でしっかり子育てをしたいなぁと強く思っていました。
【2005年8月19日(金曜日)小樽へ・・・】
朝6時に札幌に着きましたが、夜行バスであまり眠れなかったこともあって、琴似駅そばのネットカフェで仮眠半分・メールチェック半分をしてしばらく過ごしました。
札幌のあちらこちらにもネットカフェがたくさんできているのが印象的です。仮眠するくらいならホント便利便利。
かつて半年ほど住んだ琴似の街を散策した後、バスで小樽に向かいました。
小樽駅からまた市内バスと徒歩で30分ほどかけると、小高い丘の上に私が訪問教育で通った病院が建っています。
札幌の教育大学で養護学校免許を取得した後、縁あって1年半ほどこの病院で暮らす重篤なお子さんへの授業を担当させていただいたのでした。
パキスタンに行っていた2年で病棟は改築されてきれいになりましたが、またお亡くなりになった方も多かったと聞きさびしくも感じられたのでした。
しかし顔なじみのスタッフの方や変わらぬ笑顔を見せてくださる入所者の方とお会いするとホッとするといいますかうれしい気持ちになったのでした。
私が担任していたお子さんのうち、Tつやくんとはお盆帰省中の函館でお会いしましたが、もうひとりSんやくんとお会いすることもここに来た目的のひとつでした。
そのSんやくん、この日は札幌の大学病院での定例検査があって夕方遅くの帰着でしたが、この2年でまた大きく成長していました。
それと流暢にお話できるようになっていてとってもびっくり!2語文が話せるようになっていたことに彼の確かな育ちを感じたのでした。
それと感じたのは病棟スタッフの方の愛情の深さ。
医療的ケアが中心になって学校とは少し異なる雰囲気なのですが、入所者の方への優しい気配りや温かい言葉かけなどホント心のこもったケアをされているなぁと改めて実感したのでした。
【2005年8月18日(木曜日):すばらしき東藻琴!!】
17日(水曜日)夜行バスで網走まで行き、そこから1日6往復しか走っていないナイスな路線バスで東藻琴村(ひがしもこと)に行きました。
1998年秋~1999年春までの数ヶ月、教員をいったん辞めた私はこの地の牧場でお世話になっていました。
それから6年ぶりの訪問となったのですが、大親方・親方・若親方の3代の親方はみな元気でいらっしゃいました。
私が行った当時に始めたフリーストール(放し飼い牛舎)でも140頭ほどの乳牛が飼われていて、すでに3年目になるという若い従業員の方がパーラーとよばれる搾乳(さくにゅう)施設でとても手際よく仕事をなさっていらっしゃいました。
ほんの数ヶ月しか働かなかった私のことをみなさん覚えていてくださっていて、家の畑で取れた野菜のてんぷらや搾りたての牛乳、それに名水100選にも選ばれているおいしい水をいただきながら到着した朝から夜まで楽しく過ごすことができました。
買ったばかりのカメラでいっぱい写真や動画もとれましたしね。
あと牧場の車を自由に乗らせてもらって、藻琴山温泉やら乳酪館(物産館)にも自由に行かさせてもらいました。
いまの北海道はやや蒸し暑いですが、渡る風はとっても心地よくパキスタン帰りからすればクーラー並み(笑)。
もう最高ーーーーーーーーー!です。
しかも夜はジンギスカン+自家製牛乳豆腐(カッテージチーズ風です)に舌鼓を打ち、わざわざ親方に夜10時に東藻琴→網走まで車で送っていただき、さらにお小遣いまでいただくというむちゃくちゃ恐縮してしまうお心遣いをいただきました。
来年1月帰国後、仕事を片付けたらお礼奉公の意味もかねて数日泊まりに行きたいと思っています。
行きはガラガラの夜行バスでしたが、札幌行きの帰りは満席。
やや寝苦しいバス旅をすごして、今朝(金曜日)札幌に着いたのでした。
【2005年8月17日(水曜日)】
とってもとってもお世話になったT先生にバス停までお送りいただき、高速バスで伊達紋別→札幌に移動してきました(2時間半:2500円)。
ついに札幌着!
時計台・テレビ塔・ファクトリー・・・もう懐かしいこと懐かしいこと。
食事は「北海道なもの」というわけではありませんが、札幌在住時代よくお世話になった「めしのはんだや(半田屋)」へ。
ふつうのごはん(ミニ:でもおちゃわん山盛り)で63円だかというリーズナブルさ!豚汁でも84円くらいでしたっけ。
ひと息ついたところで、千歳行きのバスに乗り、北広島市にある養護学校へ。
こちらの校長先生は私が札幌の養護学校に勤めていたころの校長先生でもありいろいろお世話になってきた方です。
その先生に日本に無事帰ってきたことをご報告し、いろいろな話題に花が咲いたのでした。
そして今は午後11時前。ネットカフェから更新したあとに夜行バスに乗り網走に向かいます。
私が札幌の教育大学で勉強しなおす前まで働いていた網走近郊の牧場のみなさんに5年ぶりでお会いするためです。
いつかペンションを開くことができそうになったとき、この網走あたりのオホーツクも候補地のひとつであったりします。
冬はとっても寒いけれどこう落ち着く自然が広がっているというんでしょうかねぇ。
ということで、網走から帰ってまいりましたら続きをアップしたいと思います。明日の深夜かな。

↑夕方、地球岬(室蘭)に行ってみました。協力隊参加前8年も住みながら一度も行ったことがなかった場所ですが、今回初めて行ってそのスケールの大きさに驚きました。
【2005年8月16日(火曜日)】
伊達にいらっしゃる先生のお宅で泊まらせていただいています。
伊達市は人口3万5千人ほどの街ですが、その中でおよそ300名近い障害のある方が地域で生活されています。そのうち200名近い方が60の企業で働いていらっしゃいます。
その支援の取り組みに30年前から取り組まれていらっしゃる小林繁市先生(伊達市地域生活支援センター所長)にお時間をとっていただきお話を伺うことができました。
私が協力隊活動をしていたパキスタンの障害者支援・障害当事者の方の活動をご紹介させていただきながら、伊達市での地域支援活動のいろいろをお伺いすることができました。
お話を伺っていると強く感じたことがありました。
それは、地域に障害のある方が分け隔てなく暮らしていくという理想を実現していくために、具体的な取り組みを積み重ねて来られているということです。
グループホームのための家の獲得や雇用をしてもらいやすいようにセンターとして企業を支援するなど実に多岐にわたっていらっしゃいます。
追い求める・願い続ける理想(イマジネーション)をその場・その地でどう活かしていけるかアイデアを生み出す(クリエーション)ことの両立がこの伊達ではなされてきているんだな、そのように感じたものでした。
【2005年8月15日(月曜日)】
今日は60回目の終戦記念日ですね。
亡くなられた皆様に深い哀悼の意を表したいと思います。
さて、今朝は札幌の養護学校で訪問教育を担当させていただいていたTつやくんのご自宅にお邪魔しました。彼は事情があってご実家の函館から札幌方面の施設に入っていらっしゃいます。
彼とは2年ぶりの対面でしたが、まったくかわらないニコニコ笑顔を見せてくれました。それと元気な声もね。
また背も伸びていいお兄さんになってきましたね。
お母さんの手料理をご馳走になって、午後の汽車で函館をあとにします。函館駅前はこの2年ですっかり再開発されてとってもきれいな駅ビルに生まれ変わっていました。それだけでなく隣の朝市エリアもとってもおしゃれなエリアになっています。
2年ってあっという間の感覚になっていますが、こうやって新しくきれいになった駅前を見るとその変貌ぶりに驚かされるのに十分な年月だったんだなぁと実感しています。
今日は函館から伊達紋別まで移動します。
【2005年8月14日(日曜日)】
T先生宅でぐっすり休ませていただきました。
そして朝食も美味しい納豆+ごはん+鮭+和え物+おみそ汁を心ゆくまで堪能。
昼前にはT先生、それにおなじクラスで仕事させていただいたM先生とご一緒に、函館養護学校時代に担任をしていた3人のお子さんの家におじゃましに出かけました。
Mかちゃん:とってもいい顔色で安心。校歌をオカリナで吹いてあげるととっても力のある目で見つめてくれていました。
Aいちゃん:ちょうどお休み中ということで残念でしたがお母さんと2年ぶりにお話ができ、うれしかったです。
Tかしくん:顔色よく、「太った」との事前情報に反し(笑)スマートで元気よく過ごしている様子にほっとしました。
そのあとは、札幌の養護学校でご一緒していたN先生と六花亭喫茶でお茶をしながらお話を。
ついに「マルセイバターサンド」を2年ぶりにいただきました。むっちゃうまいやんけーーーーーーーーー!
とまぁ大満足の一日です。
【2005年8月13日土曜日】

↑青森駅前の朝市でみかけた美味しそうなサンマ(パキスタンのみんな、ごめん!(笑))
朝までぐっすり眠ったあとは、駅前をぷらぷらしていました。
いや~サンマなんて2年間忘れてた(笑)。
食べたい衝動がぐっときましたが、それは函館に着いてからのお楽しみということにします(笑)。
で、11時半青森港発のフェリーで函館に向かいました。4時間ほどかかりますが2等なら1400円というリーズナブルなお値段!
しかも海峡の波は穏やかで大きな揺れもなく大満足のミニ船旅となりました。
で、函館時代からずーーーーーっとお世話になっているT先生に迎えにきていただき、ご自宅へ。
お2人のお子さんもすくすく元気に育っていらっしゃって何よりです。
夜は五稜郭近くの活イカ居酒屋さんへ。
駒ヶ根に入る前に仕事をしていた函館養護学校の先生方がおいでくださり5時間あまり(!)おいしいビール&梅酒ロックに、なんといってもイカ!サンマ!刺身盛り合わせ!・・・もう朝、青森で我慢がしたかいがあったくらいの美味しい魚に酔いしれておりました。
ほんま、むっちゃうまいやんけーーーーー!
【2005年8月12日金曜日】
ただいま午前4時のネットカフェ@新宿です。
このあと、始発の東北本線(宇都宮行き)に乗って青森まで向かいます。予定では午後9時前になるみこみ。。。。17時間くらいのたびでしょうか。
で、おとといパキスタンでもお世話になったEBさん&あづさんからいただいた甚平を着ての旅(笑)です。
今日、青森までの普通列車内で甚平着ているおじさんがいたら、それは僕かも知れませんよ(笑)。
とかいいつつ、夜8時ごろ青森に到着しました。
7~8年ぶりに来ましたが、駅前はすっかり再開発されてきれいになっていました。
ホテル(サンルート青森)は快適でしかもLANでネット接続も無料でできちゃったりするんでびっくりです。
ってか、風呂も入らずバタンキュー・・・・おやすみなさい。。。。
【2005年8月11日木曜日】
午前中、パキスタン大使館に出かけてきました。
が、が、が1枚の張り紙が。「8日(月)~12日(金)まで領事部はお休みです」。。。が~ん。。。
北海道からの帰り道に大使館に寄る事にしました。
郵送でも申請ができるのですが、旅の都合上半年のマルチプルなビザがもらえないか相談したいのです。
【2005年8月9日(火曜日)】
帰国報告レジメなどでご紹介していますが、帰国後速攻で北海道に定住(笑)する前に、パキスタンを中心とした障害当事者の方々への支援活動をフルタイムの形でできないか模索しています。
自分もまぁいいオッサンになってきたので、3年くらいがリミットかなぁと思ったりしているのですが。
で、そうした可能性を探るためにパキスタン・インド・バングラデシュ、あともしかしたらネパールあたりを9月から来年の1月まで回ることにしています。隊員時代制約が多くてできなかった観光もしたいと思っています。
そのためにパキスタン・ビザをとらないといけないのですが、取得条件として航空券など渡航手段を証明するものが必要です。
パキスタンへ行く方法はたっくさんありますが、いろいろ考えて次の方法にしぼっていきました。
1月のパキスタン出国後、ラオスを訪れてみたい気持ちがあるので、2の方法に魅力を感じていたのですが、一般的な30日・45日・2ヶ月オープンチケットを利用できない長期滞在のためにコストが割高になることがわかり断念しました。
そんなこんなで一番シンプルで分かりやすい、1の方法で行くことに決定。
今日、新宿のHISでチケットを購入しました。
出発は9月5日(月)の成田発PIA(パキスタン航空)で。
帰国は1月19日(木)のイスラマ発PIAで。
約4ヶ月の滞在中、インド・バングラデシュ、カラチ・フンザ・スカルドゥの周遊を計画しています。
あとはパキスタン・ビザを木曜日あたりに取得できますように。
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と、と、とんでもないですぅ。
ただの好奇心の固まりのオッチャンなんですぅ(笑)。
ともあれ3週間ぶりの大阪は蒸し暑いなぁ。
ほんの3日前まで北海道にいたんですしねぇ。
うん、や~っぱり北海道のほうがええなぁ(笑)。
Johnny さんのエネルギーってすごいですね。
読んでるだけで私の頭の中はクルクルしてます。
どうも新潟では大変お世話になりましたー。
ビザはシングルでしたがま、取れてひと安心です。
早朝からお昼までのアテンド本当にありがとうございました(ペコリ)。
大変慌しいスケジュールでしたねー。
パビザ無事にとれましたか?
次回こそもっとディープに行きまっしょう