【2005年10月07日:金曜日】
やっぱりインドではヒンディの歌は大うけします。
もう映画の曲ならなんでもおっけー。
パキスタンにくらべると街中歩くときも無関心でいてくれるので気楽なんですが、こういう彼らの大好きな曲を歌やオカリナで聞かせてあげると「もう1度聞かせろ!」とすごいリクエストになりまする(笑)。
でも安くなんないんだけどね(笑)。
今朝はニューデリー駅で働くASHOKさんを訪ねました。彼は9月にイスラマバードで開かれたCBSHODにおいでになっていて、そのとき再会を約束していたのです。
彼は私の訪問をとてもよろこんでくださいました。
彼の働いているところは、外国人がチケットを買う窓口のもうひとつ上の階にあります。彼はそこで普通の事務仕事をしながら、障害者支援関係の仕事にも携わっています。(彼自身は片足に障害があります)
彼は今日は会議があってオフィスから離れられないとのことでしたが、仲間が運営している障害者のための職業訓練施設を見せていただくことになりました。
彼に教えられるまま、駅前から出ている市バスに乗りました。20分30分乗り続け、ほんまにこのバスでいいのか?と不安に思いましたらまわりのお客さんが「心配しなくて良いよ」と言ってくれていました。
で40分以上乗ってついた場所からまた違うバスに乗り換えさらにその施設からバイクで迎えに来ていただいてその施設に到着しました。
そこは2階建てのたてものでいくつかの教室にわかれていました。初めての飛び込みに近い日本人なのにみなさん温かく迎えてくださいました。
で、調子こいてまたまたヒンディの歌をうたいまくっておりました(笑)。
そこはおよそ175人の方が在籍し(一般の方もいる)、半年のコース(コンピュータ・タイピング・一般教養)を学んでいるとのことでした。
政府の支援はどうなっているの?と聞くと、なんでもNGOの場合3年間独力で運営できたあとに政府に対して財政的な支援要請が出せるんだとおっしゃっていました。
11月に再度インドを訪問するので再会を約したあと、運営責任者の方の家でごはんをごちそうになりました。
大きなお盆に小さなおわんに入ったカレー2種(じゃがいも・豆)とヨーグルト1種+ごはんが盛られた「ターリー」とよばれる典型的なインドのお食事です。さらに気を遣ってくださりチョーメン(焼きそば)も作ってくださいました。
で、やはりといいますか、家庭料理はとっても美味しかったです。素朴だけと心がこもっているっていいますかね。なんでまたお礼にヒンディの歌をうたってしまいました(笑)。
帰りは地下鉄の駅まで送ってくださいました。
デリーの新しい地下鉄に初めて乗りましたがずいぶんと快適です。チップ内臓のコインで改札をくぐるところや車両なんかはバンコクの地下鉄とそっくりです。
で快適にコンノートプレイス(駅はラジブ・チョーク)まで行きそこからぷらぷら宿まで帰ってきました。
とっても楽しい一日でした。
【2005年10月05日;水曜日】
アムリトサル(Amritsar)駅で切符を買いました。
10月06日(木曜日) アムリトサル→ニューデリー AC-Chair 565Rs
10月15日(土曜日) ニューデリー→バラナシ(Varanasi) AC-Sleeper 813Rs
11月04日(金曜日) ニューデリー→アムリトサル AC-Chair 595Rs
申込書(Form)がやや印字がかすれていて読みづらかったですがなんとか書くことができました。
で、ここの予約オフィスではルピーで購入の際にバンクレシートは求められませんでした。
ちょっと行列にならびましたが、駅員さんも親切で無事購入できました。あーよかった。
そのあと、パキスタンで使っていた携帯電話をインドでも使えるようにしてもらいに街中のお店に行きました。
日本と違って、バッテリーのところにはめ込んでいるSIMMカードっていうのを取り替えれば同じ規格の携帯電話ならどの国でも使えると聞いていたからです。
でも残念なことにロックがかかっていて使えないことがわかりました。
でも、11月のセミナーにむけての連絡のこともあるし・・・と思い、思い切って携帯電話を購入しました。
TATA-INDICOMのセットで、計2200ルピー(5000円超)でした。
ここではパスポートコピーのみで資格審査はなし。
プリペイドカードで料金をチャージしたあと試しに日本の実家に電話しましたがなかなか通話状態もいい感じでした。
ついでにネパール・パキスタンビザ申請用の写真を撮ってもらいました。(4枚組で30ルピー)
急ぎでとって欲しいんだけど・・・というとフィルム1本を自分の写真1枚撮っただけですぐに現像に出してくれて数時間で仕上げてくれました。
それは悪いからフィルム代を払うよと言ったのですが、いいんだ気にするなと追加料金は求められませんでした。
で、お礼にでもと残っていた金紙で折鶴を折ってあげるととってもよろこんでくださいました。
ヒンドゥーもシークも金色を好まれているようですね。
ちゃんとガラスケースに飾ってくださいました。
夕方からゴールデンテンプル(Golden-Temple)を参拝させていただきました。
入り口で靴を脱ぎ、頭を布で覆って入ります。大きなプールのような池の真ん中に金色の建物が建てられ、そこに通路を通って次から次へと参拝客の方が押し寄せていました。
中は3階建てになっていて、それぞれの階に聖者と思しき方が座り周りでハルモニウムやタブラーを使って神への賛歌でしょうか、を歌っていらしゃいました。
訪れる方はみな敬虔にひざまづいて礼拝されていました。その姿はとても印象に残りました。
さて、翌朝(06日)05:00の列車でデリーに移動するため、駅のリタイアリングルーム(簡易宿泊所)を利用しようと夜10:30に駅に移動しました、があいにくの満室。
でも上等席チケットをもっている客専用のウェイティングルームと言うのがありそこで休むことにしました。
02:00AMすぎの夜行列車が出た後は混み合っていた部屋もガランとなり、持っていた敷き布を床に敷いて仮眠をとることができました。
そんなにきれいではないけれどシャワーやトイレもありまぁまぁ便利に使わせてもらいました。
【2005年10月04日:火曜日】
08:00AMにマイルストーン事務所を失礼してローカルバス乗り継ぎで国境(WAGA)に向かいました。
Milestone — Lahore-station by local bus 18Rs
Lahore-station — Waga border by local bus 17Rs
10:00AMに国境のパキスタン側イミグレーション(出国審査)につきました。15分ほどで自分の順番が来て無事終了。そのあと税関ではすべてのかばんを開けて中身をチェックされましたがこれも問題なく終了。
歩いて国境を越えました。
そこから200mほど歩いて今度はインド側のイミグレーション(入国審査)に。
ここでは結構な数の旅行者(ヨーロッパ)がいてやや待ちましたが1時間ほどで終了。
そこからさらに200mほど歩いてゲートをくぐり、食堂が軒をならべるエリアへ。そこのお店の人とおしゃべりやヒンディの歌をうたって盛り上がった(笑)あとは、(紅茶もおごってもらいました)自転車リキシャで約2~3キロ離れた最寄のバススタンドへ(15ルピー)。
そこからローカルバス(14ルピー:45分)でアムリトサルの街まで移動しました。
かつて英領インドだったころはパンジャブ州の2大都市としてラホールとこのアムリトサルがありました。
今はインド側パンジャーブ州の州都として、またシーク教の総本山ゴールデンテンプルの門前街として栄えています。
もう町中はターバンをまいた人たちでいっぱい。でもヒンドゥーやムスリムの人もいますけれどね。
このゴールデンテンプルのそばには巡礼者用の無料宿があります。外国人も無料で泊ることができます。
着くとなぜかその専用宿(ドミトリー)のとなりの2つベッドのある個室をあてがってくれました。
おかげといいますか、とても快適に夜を過ごすことができました。
【2005年10月3日;月曜日】
10月3日(月)にイスラマバードからラホールに移動して来ました。
いや~、イスラマバード(カラチカンパニー)→ラホール(バクラーマンディ)の高速バス(Niazi)が
270ルピー→300ルピー
に値上がりしていました。3月ころまでは200ルピーのこともあったのに。。。。
さてさて、今朝(4日:火曜日)国境のWagaからインドに出国します。
観光半分・CBSHODでお会いした障害当事者の方と再会するのが半分の旅です。
11月はじめにパキスタンに戻る予定です。
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itsumo arigato- gozaimasu.
いってらっしゃーい。
是非アターリーでインド側からのフラッグセレモニー見てきてくださーい。
でもってシークの黄金寺院でまったりのんびりしてきてください