【2008年08月06日(水曜日):長崎6日目→大阪】
ビールを飲んでほろ酔い気分でホテルに戻ったから、いつもより熟睡できた気がする。
6時前に目は覚めたけれど、気分はいい。
6時半。ホテル近辺の散歩をする。
ホテル前の交差点を上がり、カーブを描く坂を登ったところに長崎大学医学部がある。
先日来お邪魔していた熱帯医学研究所はこのなかにある。

正門脇の歩道に、被爆時刻の11時2分を指した時計のモニュメントが置かれていた。
その横数段の階段を上がった敷地に慰霊碑が建てられていて、そこで黙祷する。
そこから坂を下りては上りで、坂本の国際墓地を目指す。
長崎は坂の街だという。
それは先日、風頭山に登ったときも実感したところ。
こんな急な坂じゃ、昔は車は到底行き来できなかったろうなぁ・・・そんなことを思いながら階段を上る。
途中、山王神社に立ち寄りお参りする。
山王神社:公式ウェブサイト
http://www.sannou-jinjya.jp/

爆風で吹き飛ばされ、片足だけで建っている鳥居、被爆して枯れたと思われていたが奇跡的に生命を吹き返して大きく広く葉を茂らせる大クスノキなどを観る。
天主堂しかり、こうした神社しかり。
地域の人が信仰の社を大切に護っている、そうしたこころをこの街では強く感じる。
であるから、この街の人におだやかさやあたたかさを感じるのだろうか。
ややしばらく歩いて、坂本国際墓地に着いた。
長崎・坂本国際墓地に眠る人々:ここは長崎ん町より
http://isidatami.sakura.ne.jp/kokusaiboti.html
柵越しに永井博士夫妻の墓に黙祷する。
その後、敷地の奥まで行かずに、いったんホテルに戻って朝食を摂る。
朝食後は、荷造りをし、メールチェック・ブログの更新を慌ただしく。
9時すぎ、5泊お世話になったホテルを出て平和公園そばにある松山町バス停までカートを転がし歩く。
もう、真夏の日差しが容赦なく照りつけて肌に痛い感じ。快晴の一日になりそうだ。
松山町バス停から、福岡空港経由の高速バスに乗る。
片側1列、もう片側2列のシートでピッチも大きく快適に座れる。
途中のバス停でも次々と乗ってきて満席近くにまでなる。
2時間ほどバスは快調に走り、福岡空港・国際線に到着した。
ここで無料の連絡バスに乗り換えて、国内線ターミナルへ。
フライトまで3時間ほど早いが荷物を預け、地下鉄で博多へ出る。
どーしても博多ラーメンが食べたかったのだ(笑)。
朝ホテルで見当をつけて、お店の名前と地図を頭に入れて博多駅からてくてく歩く。
このあたりのはず?と思ってグルグル回るが見つからず。
ま、いっか、しかたないかーと思って、途中で見つけたお店に引き返して、ラーメンを注文する。
豚骨の博多ラーメン。
全然詳しくないが、スープが豚骨で、麺が細麺、茹で方を聞いてきたから博多ラーメンで間違いないはずだ(爆)。
で、食べた感想は・・・・「まぁこんなもんかなぁ」ってなところ。
九州初日(7月29日)にヤノッチと天神のお店でもつ鍋〆に食べたラーメンの方が美味しかったぞー。
と思いながらまた地下鉄に乗って空港へ戻り、出発まで待合室で待つ。
定刻通り飛行機は揺れることもなく関空に到着。
福岡に負けず、大阪も暑かった。
【2008年08月05日(火曜日):長崎5日目】
え~、もう5日目?
朝ご飯を食べながらふと日にちを数えているとそんなことでビックリする。
楽しい時間、ワクワクする時間はあっという間に過ぎるものだ、そんなもんなんだなぁ。
一番大切な用事は昨日終わったので、今日は観たいと思っているところ、お土産を忘れず買うなどすることにする。
佐世保バーガーが気になって、佐世保まで一日日帰りで行ってこようかと考えたが、気持ちが乗りきれなかったのと、おとといの夕方閉館前に訪れた如己堂・永井隆記念館を半端に観たからもう少しじっくり見たいというのがあり、今日はそちらをゆっくりまわることにする。
10時前、ホテルを出る。
泊まっているアルファ・インは長崎大医学部・大学病院から至近のところにある。
当時は国立の(旧制)長崎医科大学と呼ばれていた。
長崎医科大学(旧制:Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%8C%BB%E7%A7%…..
世界で唯一の被爆した医科大学。
その敷地に隣接して、平和公園が広がっている。
平和公園は、平和祈念像のあるエリア、原爆資料館のあるエリア、原爆爆心地の記念碑が建てられているエリアなどがある。
まずはじめに、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館を訪れた。
国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館ウェブサイト
http://www.peace-nagasaki.go.jp/ftop.html
原爆資料館に隣接していて、地下にその施設を埋蔵したような構造になっている。

本当の入り口に入る前に、水が絶え間なく流れる大きな御影石の石盤のまわりを逆時計回りで歩く。
水音は被爆した人が水を求めていたことから、逆時計回りに歩くのは追悼の前に心を鎮めるという意味があるそうだ。
約4分の3周石盤のまわりを歩いて地下への階段を降りていく。
通常の追悼のためのコースは地下2階にあるが、急いでまわりたい人のために、地下1階に別の早回りコースが設定されている。
追悼するという静かな落ち着いた雰囲気を尊重した人の流れの設定だ。
地下2階まで下りると冷房のせいもあるだろうがぐっと涼しさを感じる。
そして水がせせらぐ音。
御影石の壁をうすい透明なカーテンで覆うかのように水が静かに、でも細やかせせらぐ音を奏でて流れている。
追悼の空間に入る前、記帳を済ませ、注意書きやこれまでに亡くなられた方の遺影(スライドショーのように10人前後まとめて切り替わっていく)を拝見する。
とても静かな空気が流れる空間。
その続きに追悼の部屋があった。
天井に向かって半透明な柱が12本のびている。その先は陽光がさしていて、その光が空間を満たしている。
12本の柱の先に亡くなられた方の名前を記した名簿が収められた柱が1本、これも天井までのびている。
BGMもなく、静かで、それでいて陽光が間接的にやわらかく空間を満たすなか、思い思いの気持ちで追悼の祈りを行う。
台に置かれた千羽鶴の中にはアメリカからのものもあった。
階段を上がり、さきほどの地上部分に出て、残り4分の1周ほど歩いて外へ出る。

先ほどの追悼室の柱ののびた先、ちょうど太陽光が入るところはその向きが爆心地に向くようになっているということだった。
次に向かったのは隣接する平和会館内にある「長崎市 歴史民俗資料館」

長崎市 歴史民俗資料館ウェブサイト
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/siryoukan/index.htm
地下の展示スペースには、南蛮貿易から始まる長崎の様々な資料・民具などが展示されていた。
下りる階段の壁には見学に訪れた小学生の記念写真がたくさん貼られていた。
気楽になつかしい社会見学のような気分で観ることができる。
そのあとは、浦上天主堂へ向かう。
すでに昼前。うだるような暑さだ。
浦上天主堂ウェブサイト
http://www1.odn.ne.jp/uracathe/

天主堂はミサなどの行事がないかぎり、中を観ることができる。
国宝になっている大浦天主堂は有料だが、こちらは無料。
中はイメージしていたよりもとても広くて大きな空間になっていた。千人単位で入れるのではないかな。

入り口横には先代のローマ法王ヨハネパウロ2世の銅像が。
こちらにもおいでになったとの由来が記されていた。
ここでもゆっくり時間を使い、つぎにまた永井隆記念館を訪れる。
永井博士を紹介したビデオを途中までしか観ることができなかったので、今日は全部見させていただいた。
壁面のパネルもじっくりと観させてもらって。
永井博士の平和への思いを受け継ぐ人たちが「如己の会」を結成して活動をされている。
過去に目を背けず、そして忘れず、大切に後世まで受け継ごうとする長崎の人たちの気持ちを感じた。

そのあと、祈念式典の準備が進む平和祈念像の横を通り、松山町の福岡空港までの高速バスの停留所を確認してから市電で浜口町→大波止電停まで移動する。
そう、昨日気になって気になってしょうがなかったあの中華屋さんで昼ご飯を食べるためだ。
江戸びし(中華料理店:大波止電停、文明堂総本店裏手:gooタウンページより)
http://townpage.goo.ne.jp/SearchKihonstatic.php?keyword=&areakey=&….
メインの通りから1本入ったところにあるお店。
近くには県庁とかあるからご贔屓も多いとは思いつつ。
入り口はスリガラスになっていて中は見えないが、この裏道(っても道幅ひろいけど)で長年やってそうな雰囲気だから、何食べても間違いないだろう、そう思った。
今回もるるぶとか見ないで直感だけで決めている。そう、それが旅のおもしろさかな。
入ると2階には小上がりありそうな感じで、1階は5~6席のカウンターと4人掛けのテーブル。

入り口のとこに写真入りメニューの入ったガラスケースあったから入るときに決めていた。
今日のひるごはんは、皿うどん。
細麺のぱりぱりしたヤツで。
ちゃんぽん、皿うどんともに豪華バージョンみたいな「特製」のつくメニューもあったが、高いので普通の皿うどんで。
待つこと10分。出てきましたよ、皿・う・ど・ん。
とってもボリューム満点。野菜あんがたっぷり。でもちょっと入っているタコやらイカは熱を通しすぎずに柔らかい。
美味しかったー。
たぶん、よそ者観光客は私だけで、あとは近くの会社に勤めるサラリーマン。
みんな冷し中華だったり、カレーチャーハンだったり、焼きそばだったりする。
カレーチャーハン、通ってくの見たけれどむっちゃウマそうやったなぁ。
うちら北海道人が毎日ジンギスカンやらみそラーメン食べないのと同じで、ちゃんぽん・皿うどんって地元の人毎日食べるわけではないわいな。
とはいえ、ちゃんぽん・皿うどんの長崎名物味わえたから十分十分。
そこから汗ダラダラかきながら中華街を抜け(岩崎本舗の角煮まんじゅうの試食は逃さず食べて 笑)大浦天主堂に向かう。
この前来たときは気がつかなかったが、ここは国宝でお寺で言う拝観料が必要らしい。なので入らずに手前のお土産屋さんを何軒かまわって大阪や北海道へのお土産をあさる。
カステラ職人の店 清風堂ウェブサイト
http://www.seifudo.jp/


この前来たときに惜しげもなく試食させてくれて、必ず買って帰ろうと思っていたカステラ屋さん。
最高級・・・とはいかないが、チーズデザートがお土産の有力アイテムになっている北海道に持って帰ってもけっこういけるんちゃうというチーズカステラを大阪へのお土産で買って帰る。
昨日行った福砂屋の様に、試食なんてありえません。まぁお茶飲んでおくれやす・・・のような潔さも好きだけどね。
さぁ、そんなこんなでお土産でいっぱいになった。
いったんホテルに戻り、汗ダラダラのカラダをシャワーでサッパリさせ、クーラーをガンガン効かせて涼む。
夕方5時過ぎ。
ホテルを出て、市電浜口町→終点正覚寺下まで。
今日はとっても楽しみにしていたビール電車の日だ。
イベント_ビール電車(長崎電気軌道ウェブサイト)
http://www.naga-den.com/event/event_beer2008.html

一日1運行。24名限定。完全予約制。約1ヶ月間しかない。
↑こんな事情で、受け付け開始とともに電話が殺到するという大人気のイベント。
これに、今回長崎に呼んでくださったパキスタンOGの先輩が仲間と電話をあきらめずに何回も何回もかけて、見事予約に成功したという次第。
しかも8月5日(火曜日)と、ビール飲むにはむっちゃ絶好な日に!
少し早めに着いたので、先輩方が到着するまで待つことに。


ビール電車は、普通の市電を改造していて、両サイドにカウンターテーブルと12席ずつの据え付けイスが置かれている。
このほか、ビールサーバーなどもしっかり搭載。
外観も、これはビール電車なんだからね!ってアピールするオリジナル塗装になっている。
で、発車定刻の午後7時前、みなさん集合。お一人だけ途中の休憩場所から乗ることに。
スゴイゾー。盛り上がってイルゾー。サーバーから生ビールがジョッキにつがれて各席まで運ばれる。
給仕してくれるスタッフが3人乗り込んでいて、司会進行まで仕切ってくれている。
ではみなさん一日おつかれさまでした。かんぱーーーーーーーーーーいぃ!!
かんぱぁーーーーーーい!
ゴクっゴクっゴクっゴクっ・・・・・ぷっはぁーーー。
うまぁーーーーい!

この市電は3系統ある路線をそれぞれポイント切り替えして進む特別電車。
午後7時の街はまだ明るくて、談笑する窓の外は家路につく人々の姿が。
車の中からこちらを見てへぇ~ってビックリする子どもにこちらから手をすると向こうも手を振りかえしたり。
隣に座られた大学の先生とまったく初対面なのに「いやぁ、長崎ってイイッスねぇ」からトークがはじまり盛り上がる。
電車は半分の路程を走った後、浦上車庫でトイレ休憩15分。
暗くなり幾分涼しくなった外で次の発車を待つ。
ここで、お仕事の関係で遅くなっていた方も乗り込んで、ふたたびかんぱーーーーーーい!
電車の中の中吊り広告などをヒントに5問のクイズに挑戦→正解者には商品券が当たるという余興もあり、24名中23名全問正解という素晴らしい連係プレー?で一同大いに盛り上がった。
そんなこんなで1時間半はあっという間に、ホントにあっという間に過ぎ、正覚寺下まで戻ってきた。
スタッフの人は慣れているよなぁ、到着に合わせてちゃんと司会進行しているんだもん。
とってもほろ酔いになった乗客たち。
2次会に流れていく人、家路につく人、どうしようか様子を見ている人。
私は、ここで失礼させてもらい、歩いて駅近くまで酔いをさましながら歩き、ホテルに戻った。
【2008年08月04日(月曜日):長崎4日目】
今日は、この旅行で唯一のアポをとった私的には公式&重要な予定がある日。
九州には9日間滞在しているが、この1日だけで直行直帰するのは実に、実にもったいない、そんなわけであとの8日の物見遊山なスケジュールがついてきたわけで・・・。
昨年までのワーカホリックな毎日を思えば、まぁなんとゼイタクな旅だろう。
しかも、長崎には5泊6日もしている。今日で3泊終わって4日目。
地元の方にペーロンやらちゃんぽんやらオイシイ場所・食べ物を紹介していただき。ホントに感謝、ありがたい。
島原、平戸、佐世保、ハウステンボスとか遠出しようかとちょっと思ったこともあったが、ま、いいや、のんびりがっつかず過ごそうぜ!そんな風にハラは決まっている(笑)。
朝ご飯を食べ、部屋で10時のチェックアウトタイムまで、ブログの原稿を打ち続けている。
読みづらい、長ったらしい文章ですみません。
これまで3ヶ月4ヶ月と更新していなかったくせに、更新するとなったらこうだもん、ちょっと極端やね。
まぁ、こういうこともできるときにしかできないと思うから、そこんとこ勘弁してやってください。
さて、今日のアポは13:30に長崎大学の熱帯医学研究所の部屋に学科の先生を訪ねるというもの。
正装ではないけれど、札幌からポロシャツを持ってきていたのだが、もちっとちゃんとしたの買った方がいいかなぁ・・・なんて思い、また中華街そばのダイエー目指して出かけることにする。
滞在4日目になると、なーんとなく長崎市内の土地勘ができつつある。
市電は3系統あることは分かった。あと、100円均一と言うことも。札幌では10キロ15キロと毎日歩くから、多少違う系統に乗り間違えても歩く距離はそんな大したことないっちゅうことも。
で、ダイエーで夏物衣料半額セールやっていたから、吸汗速乾のポロシャツをリーズナブルに1枚買う。
で、アポの時間までまだちょっとある。ここで札幌的生活モードなら歩くのだが・・・暑すぎ!日差しきつすぎ!まだ11時すぎやで!

で、そういうわけで、カラオケをすることにした(爆)。
だって、
ネットカフェ→入会金300円とか&1時間400円くらいする
カラオケ→入会金200円とか&1時間300円くらいですむ
っちゅうケチ臭い皮算用がアタマをよぎったのと、さだまさしの歌が歌いたくなったんだもん!っちゅうわがままと(笑)。
フリードリンクというありがたいカラオケ屋で、ドリンク&アイスを食べ飲みしつつ、コンビニで買ったパンをこっそり持ち込んで食べる。これで昼食にする。
1時間くらい居て、10曲くらい入れて歌った。1曲だけ松山千春(「大空と大地の中で」っちゅう、北海道の人ならよく知っている歌)を入れた以外はぜーんぶさだまさし。
風に立つライオンをまずはじめに入れて、まぁいろいろ歌いました。
「オレゴンから愛」というむかーしのドラマの主題歌をさだまさしは歌っていたが、これも「北の国から」のテーマと同様、ハミングばっかりでしかも原曲のキーは高い。でもひとりで歌っているから声がひっくりかえろうが全然気にしないでいいのがいい(笑)。
久しぶりのカラオケでとってもいいリフレッシュタイムになった。
アポまでの時間にちょうどよいタイミングになったので、カラオケ屋を出て市電で長崎大学に向かう。
昼下がりの午後、日差しはいっそう厳しくなっている。日陰を選んで歩き、木陰で休むってゆうのが普通の感覚になってくる。帽子や日傘はこの街では必須だな、本当に。
約束の時間よりちょっとだけ早く到着。
学科の先生にお会いする。
以前作っていた協力隊での活動の写真をアルバムにしたものを見ていただきながら、経歴などをお伝えする。
自分の今までのキャリアがこの学科の課程を取ることとうまく結びついていくのか、その先の仕事のことも考えながらいろいろ質問させていただく。
その先生がその学科で学ぶ学生の方の将来の活動像として、広い視野に立った学際的な研究を行う姿をイメージされていることが伝わってきた。
学際( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E9%9A%9B
”研究などがいくつかの異なる学問分野にまたがって関わること”とWikipediaでの記述があるが、様々な視点に立って活動する人々を「つなぐ」役割を期待されている・・・私なりにはそのように捉えられた。
言い換えれば”人と人をつなぐ”ということではないだろうか。
その上での必須条件たる語学のこと、経済的な面での準備などいろいろ参考となるお話を伺えた。
今年度の募集要項・その学科の内容を特集した学内誌のコピーなどをいただく。
そのあと、ここの大学院で学ぶパキスタンOGの先輩に、学生さんの学習室に案内していただき、現役の方々にお話をお聞きすることができた。
その学科には、多くの協力隊OBOGが入ってきていて、初対面の方でも共通の協力隊員の知り合いが居たりで、この世界って狭いなぁと驚いたりする。
今春入学されての1期生。入るまでの経歴や志望した動機、日頃のようす、これからの進め方などわかりやすく教えていただく。
その学習室は24時間開放されていて、並んだ机にはそれぞれの学生の方が持ち込んだ本や資料が並べられていた。
履修の様子もハードで、いったん入ったとなったらアルバイトなどをする余裕のないことも分かる。
だから事前に経済的な裏付けをちゃんとしておかないと。そういうことも分かる。
大学のウェブサイトでも一般的な概要はわかるようになっているが、やはり現地に来て実際の様子を見させていただくことでイメージはよりハッキリと描くことができる。
もし、この学科を志望することになったとしても、その先のことまで見通してハラを決めることができるはずだ。
九州旅行8泊9日の日程の中でたった1日だけのオフィシャルな日程だが得たものは大きかった。
対応してくださった先生、学生の方にお礼を言って、ひとまずホテルに帰り、メモをまとめておく。
そうしていたら、夕方6時を過ぎた。
壱岐の友だちも、長崎でお会いした人もみ~んなここのカステラが一番だよと薦められた「福砂屋(ふくさや)」に出かける。
どうせ行くなら本店に行かなきゃ。
てなことで市電に乗り、浜口町→思案橋まで。
思案橋から、これまた見当をつけててくてく歩いていくと、外観は昔ながらの店構えのお店が目の前に。
福砂屋長崎本店だ。

カステラ文化館・福砂屋公式ウェブサイト(BGMが流れます。音量注意)
http://www.castella.co.jp/
で、目当てはただひとつ、事前に予約が必要だという「特製五三焼カステラ」を発送注文することだった。
特製五三焼カステラ
http://www.castella.co.jp/shop/nagasaki.shtml#p4
ちょっと値は張るけれど、美味しいってみんなが薦めるモノを買ってみるのは悪くない。
せっかく2008年度版の最新長崎るるぶとかって買ってきたのに、それをほとんど見ないまま地元の方に薦められたものを買い、ここがいいよって連れられたところを歩いている。
それもそれでいいんだよねー。
そうやって、カステラの発送をお願いし、途中気になった大波止電停そばの中華料理店は明日行くぞと心に決め、別のお土産店でちょっとお土産を買ってからホテルに帰ってきた。
今日はあちらこちらグルグル回ったってわけではないが、とても有意義な一日となった。
トルコライス(キッチンせいじ:食べログ.Comより)
http://r.tabelog.com/nagasaki/rstdtl/42000917/

長崎2日目にちゃんぽんを食べ終わって移動していたときに通りかかったお店。
市電がまるごとお店のなかにめりこんだようになった面構えが面白く。
で、その次の日にひとりで市街を回っていたときに、11時になってまっさきにこのお店にやってきたのだ。
お店のお母さんに聞くと、各パーツにばらしたモノを内装に活かしているとのことで、中はまさに市電のなかそのもの。
入り口も電車の扉を美味く利用して折りたたみ式で開閉するようになっていたり、ガラス張りテーブルの中に電車模型があったりで内装がとってもワクワクさせられる趣向になっている。
で、早速注文したのが長崎名物のトルコライス。
トルコライス( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9

11時すぐでは準備が間に合っていなかっただろう、20分くらい待たされて出てきた。
ピラフ・スパゲティの盛り合わせの上に薄めのトンカツにドミグラスソースがかかっている。
テーブルには手作りマヨネーズが置かれていた。
ピラフにトンカツ&ソースの組み合わせは、根室のエスカロップのような感じ。
お味の方は、それぞれごく普通のパスタ・ピラフ・カツ・ソースで、私からすれば、まぁ話のタネに食べてみましたというところだ。
マヨネーズは手作り感がでていていい感じだったのと、お味噌汁が美味しかったかな。
自動販売機とゴミ箱
↑え?この写真のどこが珍しいって?
いまの札幌って、自販機のそばにゴミ箱がないことが普通なんです。
せやから、飲み干しちゃったカンやペットボトルはコンビニのゴミ箱に捨てたり家まで持って帰ってしまうことも。
暑いと買ったその場で飲み干すことが多いから、すぐ飲み干しちゃうビン・カンをその場で捨てられるようになっているのは、↑のような札幌から来ると新鮮に思えちゃうのだ。
【2008年08月03日(日曜日):長崎3日目】
朝方は雲が出ていて、うん?これは今日ひと雨あるか?と思ったりしたが、ぜーんぜん(笑)。
すっかり快晴になっちゃって、しかも猛暑。今日も日差しはキビシイ。
ホテルでの朝食。
昨日は和を選んだが、今日は洋で。パン・サラダ・スープ・コーヒーを順々に取る。
スープは大根と鶏肉のスッキリ和風風味。
食べりゃいいのだが、こうひとりひとり静か~に座って黙々と箸をすすめるのは何とも味気ない。
その分、外で地元の人とのおしゃべりに期待をかける→これがまた、とても楽しい一日になった。
今日はひとりで長崎市内を回ることにする。
昨日連れてまわってくださったルートを頭の中で逆回転・再生しつつ、見当をつけて市電浜口町→築町(つきまち)で降りる。
降りたそばに「大人1500円」の表示が。
はい、散髪ですぅ。
昨日の反省(帽子ナシ→日焼けタイヘーン)から帽子を買うし、この際丸刈りになっちゃおう!ということで。
帽子ナシで昨日過ごしたもんだから、アタマのカミがうすぅくなっているところなんて真っ赤になってね(恥)。
協力隊から札幌に戻って、この春まで勤めていた高等養護のときは丸刈りで過ごしていたんやけど、いまの時間講師の仕事になってからは何となくのばしていた。
こちらのキビシイ日差しだとうすぅくなったところの地肌もすけて(笑)、微妙な感じやしね。
なぁんて思ったので、まず真っ先に散髪に行くことにしたのだ。
いいじゃん、長崎観光で丸刈りだなんて。記念記念(笑)。
入ったお店はローカルな格安店。
おばさんとおっちゃん4~5人でやっている感じ。
朝イチで空いていて、すぐに呼ばれて席に着く。
やってくれたのはおばちゃん。地元な風味満点なおばちゃん。
「あら~、アンタきれいに(札幌で散髪)やってもらってんねー」みたいな長崎弁が心地よいぞ。
でいて、ワタシの話しかけもテキトーにあしらってパッパパッパと仕事をするのも潔い(笑)。
で。刈ってもらいましたよ。11ミリで。半年ぶりくらいに丸刈りータになりました。
そんでもって一刻も早く・・・と帽子を探しにまわる。
昨日歩いた途中に確かダイエーとかあったなぁ(安く買えそうなところが)とまたまた見当をつけて歩き出す。
大丸とかがある観光通りのアーケードのしたで、「オネガイシマーーース!」という子どもたちの声。
中学校の女子ハンドボール部が九州・沖縄大会に出場するので、その費用をカンパしてくださいとの呼びかけだった。
すごいなぁ、いまどきこんなハングリーな風景、日本であまり見たことないぞぉ。
きっと部員総出なんだろうなぁ、まだ小さい小学校上がりの子から背の高い子まで一列になって一生懸命お願いをしている。
ほんの気持ちでしたがカンパさせてもらいました。
大会に無事出場できるといいですねぇ。
・・・と、今度は中華街の方に向かって歩く。
あった、あった。ダイエー。
そうそう、今日は日曜日やからOMCカードは5%オフとかになるかなぁ、そんなケチくさいことを普通に考えながらつばのやや長い帽子を買う。
昨日も試食した岩崎本舗の角煮まんじゅう、今日もキッチリ試食させてもらう。ウマー。
すっかり昼前になり、まさに炎天下。
やっぱり帽子は必須アイテムだなぁと実感。そのまま、ペーロン祭りの会場の方へ歩く歩く。
暑さからか、北海道で歩くのと距離感覚が全然違う。長崎で1キロ歩くのと、北海道で3キロ歩くのが同じような体の刺激度みたい。
あ、やってるやってるペーロン。で、今日は花形の一般の部。人出も相当なものだ。
競技の合間合間にはこれまた勇壮な太鼓の演奏とかをしている。

いや~暑いなぁ。
って思っていたら、会場入り口に屋台が数台。で、オバチャンたちが何やら寸胴のような容器からアイスを取り出して、コーンに塗り重ねている。
あ、いいねぇ、アイスかぁ。うん?「チリンチリンアイス」?
長崎のお菓子-チリンチリンアイス-
http://www.h6.dion.ne.jp/~be.happy/travel-tirintirinaisu.htm
ハバヘラ( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%83%98%E3%83%A9

1個100円。
アイスクリームではなくて、アイスシャーベット。食べたのはぐっと脂肪分の少ない、うすーくミルクの風味がするきめのとっても細かいかき氷という食感だった。
これがコーンと実に相性がいい。アイスのキンキンな冷たさをコーンが和らげてくれて。
この炎天下、普通のアイスクリームなら食べた後のどが渇いて・・・ってことになるんやろうけれど、このチリンチリンアイスは全然そんなことにならない。
ああ、美味しいなぁってチリンチリンアイスを食べながら、ペーロン会場の駐車場脇にある「ピースミュージアム」に行く。

ナガサキ ピースミュージアム
公式ウェブサイト
http://www.nagasakips.com/old/museum.html
この春くらいからか、さだまさしの曲をよく聴くようになった。
きっかけは、「風に立つライオン」。
風に立つライオン(本人歌唱: YOUTUBE )
この歌のことは協力隊の派遣前訓練を受けた5年前から知っていたが、聴いたことはなかった。
それがふと2月だったか3月だったかに聴いてすっかりハマッてしまった。
協力隊で活動をすると、この歌の歌詞に出てくる思いに共感するところもあり、いや、本当はもっとリアルにキビシいとこもあるよって突っ込んでみたりする。
けれど、こう海外にまた出たい!って言う心のある部分にとても響いてくるのだ。
いまも講師の仕事に行くときにはこの曲を聴いて自分にカツを入れている。
”いったい、何のためにいま、自分はこの仕事をしているのか”
”いったい、何をしようと、自分はこの道をすすもうとしているのか”
そういう風に自分への問いかけを促してくれているのが「風に立つライオン」だ。
それからはどんどん、さだまさしの曲を聴くようになった。
彼の歌は北の国からのように「る~る~るるるるる~る~」なんて歌詞のない曲もあるが、歌詞が多い曲をたくさん書いている。
その歌詞を、その意味を噛みしめながらメロディーに合わせて聴くとじーんとくる曲がたくさんある。
償い、主人公、親父の一番長い日、防人の歌、フレディ、雨やどり、天までとどけ、恋愛症候群・・・・
TSUTAYAとかであるだけのさだまさしアルバムを借りてMP3に落として。
歌詞もプリントアウトして手帳にはさんでいる。
そんなハマリ方だから、九州に来る1週間前の7月21日(海の日)に札幌・厚生年金会館で行われたデビュー35周年記念コンサートも前々から楽しみにして観に行ったのだ。
メジャーな歌手のコンサートって生まれてはじめていったが、いいね。
もう3000回以上のコンサートをさだまさしはしているそうだが、それでもう50歳代後半だと言うが、そんなマンネリ感や声の衰えを感じさせないステージで圧倒された。
きっと途中ではスランプもあっただろうけれど、それを抜けて新しい境地に入っているのかも知れないね。
とにかく声の太さ、声量に圧倒された。
「精霊流し」のようなグレープ時代の細い華奢な壊れそうなしみいる声のイメージがあったからね。
でもいま聴いた声がいい。一期一会で歌っているんだろうな。
しかも。
一度演目を終了して緞帳が下り、観客の拍手が鳴りやまないなか再び緞帳が上がった。
そうしたら、ポンポコポンポコ・・・・太鼓のたたく音!そう、アンコールは「風に立つライオン」だったのだ!
コンサートで聴きたいなぁと思っていたけれど、まさかこの場面で聴けるとは!ととても感動した。
そして歌い終わりとともに天井からは桜のはなびらを形どった無数の紙片がヒラヒラと舞ってくる。
35周年記念のスタンプが押された特製のものだった。もうすごい争奪戦。後ろの方にワタシは座っていたからとてもとても手に入れることはできなかったけど、十分満足な一夜だった。
・・・と話が横にずいぶんとそれたが。
ピースミュージアム。
建物に入ると、5mくらいの通路があり、そこに館内へはいるドアがあった。
さて、入ろうとドアノブに手を伸ばすと・・・なんとなく形が違う。どうやら原爆のキノコ雲をイメージしたものらしい。
館内は2階建てになっていて、学校の教室くらいの広さのフロアだ。1階はそのフロアの半分くらいが天井までの吹き抜けになっているので、狭いながらも開放感が上の方に向かって延びている分それほど窮屈さは感じない。
館内といっても教室の広さのさらに半分くらいのスペースは書庫や事務室やパソコンコーナーになっていて、原爆投下前後の長崎市街の空中写真とビデオを上映するモニタの他は期間を決めていろいろな展示が行うというシステムだそうだ。
ちょうど訪れたとき、モニタでは広島原爆の爆心地を遺構に遺された熱線の痕の角度から測定するという当時の記録フィルムを上映していた。
そうやって観ていると、ミュージアムの職員の方が「どちらからおいでになったんですか?」と訊ねられた。
そこから、↑のような話をしていると、ああ、それなら、と先ほどのフィルムが終わった後、違うDVDを上映していただくことになった。
何でも、そうしたDVDやフィルム上映は期間を決めて行っているとのことで、これから見せていただくのはこの前まで上映していたという「風に立つライオン」のDVDだった。
あるお医者さんがアフリカに診療ボランティアに行かれたときの写真をスライドショー仕立てにしたもので、BGMに風に立つライオンが流れていた。
職員の方のご好意に感謝しながらモニタ間近なところでかぶりついて観させていただく。
そのあとは展示品のこと、このピースミュージアムのことなどいろいろお話をいただく。

そして、記念にお持ち帰りくださいとこのかわいらしいほうきのアクセサリー。
戦争放棄=ほうきに言葉をかけたもので、全国の有志の方が作られた手作りのものだそうだ。
作った人によってデザインもいろいろあり選ぶのも楽しかった。どこかに飾っておくことにする。
それと、少しだけど・・・と募金箱に寄付をすると、感謝状を発行しますので名前を教えてください、言われた。
それで名前を伝えると、上質の紙にプリントされた感謝状をいただいた。
折れたりしたら困るでしょうからとクリアファイルに入れていただいて。
募金をした人はもらえるというさだまさし特製のギターピックもいただく。

ありがとうございました。また来れたらいいなと思います。そう思いながらミュージアムを後にした。
そこから歩いて駅前まで歩く。
途中、出島の記念館とかあったけれど、今回の旅ではあまりそういうところには興味が出ない。
汗をかきかき駅前に着く。
さて、これからどこ行こうかな?と行き当たりばったりに考えたが、そういえば昨日案内していただいた職員の方が坂本龍馬の像が建ってるんよって教えてくれたっけ、と思い出し、風頭公園(かざがしら)にバスで向かった。
バスはぐんぐん坂道を上へ上へ上がっていく。
こりゃ歩くのは大変だ。そんな上まで急な坂も上がっていく。
乗ること20分強。終点の風頭山に着く。
そこはバスの折り返し地点となっていて、何台かのバスが停まっていた。
坂本龍馬の銅像への行き先が書かれた地図も掲示してあった。
さてと、じゃぁまずはコーヒーでも飲もうか、と抽選機能がついた自動販売機でコーヒーを買う。
ピピピピピピ・・・。はずれ。
まぁそんなもんだ。なんて思っていると、そばにいたバスの運転手さんが「あら~何の音ね?」と訊ねてくる。
あー、これあれっすよ、アタリが出たらもう1本ってやつで・・・なんてところからトークスタート。
地元生まれ&育ちの運転手さん。アタマにタオルを巻いて、恰幅がよくて、もう思いっきり長崎弁で。
何でも今まで2回、道東・道南を同僚と旅行したという。
それを楽しげに懐かしげに話すオッチャン。早口の長崎弁よくわからないですから~(笑)。
いや~暑かネ。だんだん暑ぅなっとるばい・・・やはり長崎も年々暑くなっているそうだ。
そんな話から、昨日見たペーロンやおくんちの話などもう止まらない止まらない、トークが。
こういうすぐ気さくに話ができるのってパキスタンとそっくり。
いや~うれしいんですけれど、オッチャン、アンタのバスの発車時刻だいじょうぶね?(笑)、それくらい楽しい時間だった。
その運転手さんにお礼を言って分かれて、それから風頭公園へ。
ちょうど、長崎港を望む少し開けたところにその銅像は建っていた。
実物の銅像を見るのはこれが初めて。
そばには、司馬遼太郎「竜馬がゆく」の一節が刻まれた石碑も置かれていた。


竜馬=土佐のイメージがあるから、活躍の場が、それも有名な亀山社中(海援隊の前身)がこの風頭公園のふもとにあったのは初めて知った。
この銅像、建ってからまだそれほど経っていないが、その筋骨隆々とした体格、なかでもたくましい腕を組んだ風格みたいなのに印象を受けた。
その銅像が建つ場所のそばに展望台になっているところがあった。
そこからは、前日のグラバー園から見た景色とはまた違う長崎市街が一望できた。こっちのほうが見晴らしいいんじゃないかな。

そこから、亀山社中資料館の案内のある方向へ下りていく。
しばらく下って、その資料館を見つけたが、残念!15分ほど前に閉館していた。だから写真だけ撮ってそのまま下までおりていくことにする。
急な坂道、階段だけのアクセスしかない家がならぶ長崎の街。
健康にはいいっちゃいいけど、大変だなぁ。
やや、ふぅふぅ言いながら、電車通りのところまで下りてきた。ここで午後4時前。
これから市電に乗っていけば、原爆資料館まで行けるかな?そう思って次に来た電車に乗り込む。
浜口町電停に着き、坂道を上がって長崎原爆資料館へ。
長崎原爆資料館公式ウェブサイト
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/
自動券売機で入場券を買い、駅の自動改札のようにそのチケットを通して入場する。
投下時刻を意識させた柱時計の「コッチコッチコッチ・・・」の音が耳に残る。
3年前、広島の原爆資料館を観させてもらったが、またそことは違う展示の仕方で被害の大きさを紹介していた。
外国人のグループも何組かいて、真剣に被爆者の体験談ビデオに見入っていた。
この資料館では長崎の原爆だけでなくその後の原爆・水爆実験による被害についても、その被爆者へのインタビューを映像で紹介しているのがよいと思った。
ここまでで、もう夕方5時前。
でもどうしても見ておきたい場所がもう1カ所あった。「如己堂(にょこどう)」である。
如己堂( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E5%B7%B1%E5%A0%82
永井隆博士( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%BA%95%E9%9A%86_%28%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E5%A3%AB%29
小学校の時から、藤山一郎の歌う「長崎の鐘」が大好きだった。
長崎の鐘(新しき付き、歌:藤山一郎 1983年、YOUTUBEより)
歌詞の内容はあまりよく分かっていなかったと思うが、その切ないメロディーになにか惹かれていたのだ。
いつのことか、その長崎の鐘というのは永井博士という人のことを歌ったもので、その名前の本を書かれていたということを知った。
だから、如己堂があることは知っていて、その敷地に記念館があることが長崎に来て分かったのでぜひ行ってみたかったのだ。
急ぎ足で如己堂の案内に従って進む。
途中原爆で全壊し、後年再建された浦上天主堂を仰ぎ見る。
浦上天主堂( Wikipedia )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E4%B8%8A%E6%95%99%E4%BC%9A

如己堂・永井隆記念館はそこからほど近いところにあった。
もう閉館ギリギリの時間だったが、「いいですよ~15分でも20分でも遅くなっていいですから観ていってくださいね」と受付のご婦人に言っていただき、博士の紹介ビデオを観させていただく。

如己愛人(にょこあいじん:自分(己)の如く他人を愛する)
このことばにとても共感する。聖書の一節だそうだ。聖書での本来のとらえ方とは違うかも知れないが、自分を大事にして、その自分と同じように周りの人を大切にするのは自分の大切なテーマ。
それは特に協力隊に行って帰ってきて痛感しているところ。
自分は正しいことをしている、そんな気持ちがこびりつきすぎると心の柔らかさ、懐の深さを失う。
そんなことに気づかされた数年だったのだ。
人間にとって一番大切なのは何か。いまの私はそれは「思いやり」だと思う。それと「懐が深い」ということ。
成功よりも失敗していること、人に迷惑をかけていること、自分の気がつかないところで自分のために気遣い手を尽くしてくださっていることがたくさんあったこと。
そういうことをとても強く感じる。
永井博士のようなことはできないけれど、心がけひとつで世の中の見え方はずいぶんと違ってくるもんだ。


話に聞くとおり、如己堂は本当に2畳ひと間の家だった。それに1畳ほどの縁側っぽい廊下を入れれば3畳。
そこに博士は2人のお子さんと晩年をお過ごしになった。
当時のまま大切に保存しようとする長崎の人たちのこころを感じる。
博士存命中は再建叶わなかったようだが、この如己堂から浦上天主堂を当時望むことができただろう。
それから歩いてほど近い平和記念公園を歩く。

あと数日に迫った、平和祈念式典の準備が始まっていた。

↑この黒御影石の石柱が爆心地を表す。後方のレンガの柱は倒壊した浦上天主堂から移設された。
南蛮貿易以来の歴史の重みと原爆被災地としての重み。
長崎がほかの街とまた違う色を持つことを実感する昨日きょうだった。
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